高齢者・彦市のブログ

私の終学旅行

妻の姉が心臓手術をしたので、お見舞いを兼ねて観光旅行をしました。
私たち老夫婦も高齢で、今後は遠距離の旅は不可能と思われるので、最期の旅行(終学旅行)の記録となるでしょう。

 

11月30日から1週間の予定で、大分県宇佐市へ出かけました。

1日目は、名古屋から小倉まで「新幹線」で、小倉からは、特急「ソニック」で宇佐へ15時過ぎに着きました。
宇佐駅は15時から無人となっていて、駅前には誰もいませんでした。
電話でタクシーを呼び、10分待って乗り込みました。
田舎らしく、駅前には「案山子」がありました。

 

 

 

2日目は、妻の3姉妹が雑談するのを聞きながら、私は、照明器具や電球の取替をお手伝いしました。
高齢者の住宅では、電球の取替も困難なようです。
風呂場と台所が、LED照明で明るくなりました。

 


3日目は、別府へ行って、鉄輪温泉の「地獄めぐり」を楽しみました。

特急が出た直後に宇佐駅に着き、時刻表では、次の特急は2時間後になっていたので、普通列車に乗り込み、1時間かけて別府に着きました。

 

運悪く、鉄輪温泉行のバスに乗り遅れて、タクシーを使いました。
そのタクシー運転手の勧めで、鉄輪温泉巡りの「割引チケット」を購入しました。

昔の記憶で想定していた風情と違って、すっかり近代化された「モデル観光コース」となり、人工的に装飾された観光用施設でした。
途中で疲れが出たので、中間地点からバスで帰ることにしました。
ところが、30分もバスが来なくて退屈したし、別府駅では、特急列車が出た後で、待ちが1時間になりました。
止む無く、土産物を見たり、喫茶室で待機しました。
帰りの特急では、宇佐まで30分でした。


4日目は、中津へ出かけました。

姉宅の前のバス停から乗って、終点の中津駅まで60分でした。
中津は、「福沢諭吉」の出身地で有名ですが、「中津城」を中心に、昔の城下町風情が残されています。

 

 




昼食は、諭吉記念館前の「カレー専門店」でとりました。

中津唐揚げ」が全国に知れ渡っていますので、唐揚げ専門店が多いです。
最も有名な店を探して、精肉と唐揚げを購入しました。
10種類近いメニューがあって、注文を受けてから調理されるので、15分待ちました。

 

中津城を始めとして、旧市街をくまなく歩き回りました。
妻は音を上げてしまい、休みやすみでしたが・・・
静かで落ち着いた街でした。

 

5日目は、「宇佐神宮」と「大分県立歴史博物館」へ行きました。

 

妻の妹とその娘夫婦と、合わせて5名の自家用車による行動でした。

私は、40年ぶりの再訪問でした。
宇佐神宮」は、全国にある「八幡社」の本宮大社ですから、昔は大盛況でした。
昭和30年代まで、宇佐駅から私鉄路線が敷かれていました。

以前に訪ねた時のイメージ通りでしたが、障害者と高齢者用に「20mの勾配路昇降リフト」が設置されていたので助かりました。
門前の土産物店で昼食を済ませました。

 

近くの「大分県立歴史博物館」へも立ち寄りました。

 


ここは、「宇佐風土記の丘」に位置しており、交通の便が悪いのですが、周辺の古墳群に囲まれた広々とした環境でした。
前面にコスモスが咲き乱れて、秋の風情を感じました。

特別展「宇佐神宮」が開催中でした。
充実した展示内容で、満足できました。

若夫婦は福岡県の住まいなので、この博物館は初めての訪問でした。

博物館のロビーでは、最新鋭設備である「プロジェクション・マッピング」で「熊野磨崖仏」と「富貴寺大堂」の映像をを楽しみました。

バーチャル・ミュージアム」として、「旅するれきはく」というWebコンテンツがあります。
 https://oita-rekihaku.jp/


6日目は、北九州市の小倉駅周辺をうろつきました。

妻の出身地であり、私も若い時の5年間を過ごした街です。
八幡製鉄所」が全盛期の時代で、小倉地区の中心街は飲食店が多く、夜は歓楽街でした。

小倉城」では「竹あかり」イベント中で、1万本近い竹筒灯ろうで埋め尽くされていました。
このところ10年間近くご無沙汰していたら、見違える程の変わりように驚かされました。

特に、「小倉城周辺」と駅から小倉港までの「駅裏地区」です。

大型展示場、サッカー場、記念病院などが建ち並び、産業道路を跨いで、小倉駅から「動く歩道」が200m近く設備されていました。

 

 

 


夜景観賞の遊覧船」の案内が目についたので、咄嗟に申し込みしてしまいました。

小倉港に18時集合でしたが、気がつくと、待ち時間の過ごし方が問題でした。
知人や親戚に顔出しする時間としては短いし、夕刻は寒くなります。
仕方なく、デパートで買い物をして、夕食後に駅裏地区を散策しました。。
妻からはブーイングしきりでした。

 


夜景観賞クルーズ」は、期待外れでした。
定員40名で、ほぼ満席でした。
ボランティアガイドによる工業地帯の案内がついて、サービスには満足でしたが、街の灯りが少なくて、嘗ての工業都市の景観はありませんでした。

 


新幹線では帰れなくなったので、「夜行バス」に切り替えました。
トイレ付きの夜行専用バスで、15名程度の乗客でした。
快適で、睡眠もとれました。
翌朝の8時に名鉄バスセンターに着いて、9時過ぎに帰宅しました。

楽しい1週間でした。
多分、これが「終学旅行」になるであろうと感じています。

 

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